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由無し事をたまに綴るブログです。

うるう秒の改廃に関する意見の表明

天文学会のメーリングリストで「うるう秒の改廃に関するご意見の募集」が回ってきました。

ITU(国際電気通信連合)で協定世界時(UTC)とうるう秒の問題が議論される中、IAU Division A でもWorking Group が結成され、
議論が行われています。
UTCは、国際原子時による1秒を単位とし、世界時UT1とのずれが0.9秒を超えないように適宜うるう秒により時刻の調整を行うものですが、
うるう秒不定期挿入が、衛星測位や情報通信に深刻な問題をもたらしているのではないか。
・UT1とUTCのずれの許容度はいくらが適切なのか。
などの問題意識から1999年頃、IERS(国際地球回転事業)等でのUTC再定義の議論が始まりました。

とのことで、IAU (国際天文連合) の委員の方が、意見を取りまとめて議論に反映して下さるとのことです。
時間は人の生活に直接関わる重要な問題ですし、社会設計として興味深い課題です。ぜひいろんな観点から考えてみると面白いと思います。私は以下のような意見を提出しました。

表題の件について、意見の取りまとめの労を取って下さりありがとうございます。

うるう秒について、「天文コミュニティ」でなく社会的な影響を考えた上で「0.9秒を超えないように適宜うるう秒を調整する」現在の方針を維持するよう主張します。

理由は、うるう秒調整の頻度が10年以上に1回になると、うるう秒調整が大きな社会問題になる危険があるからです。

西暦2000年問題で起こった(あるいはそれに備えた)社会的混乱は記憶に新しいですし、近いうちにUNIX時間問題(2038年問題)も控えています。これらの問題は、一生に一度あるかないかという発生頻度のため、対策もその場限りになってしまいます。世代を超えて対策を伝達するのは、人類にとって難しいですし、影響の及ぶ範囲も時代とともに大きく変化します。

うるう秒はこれまで40年間に25回調整されてきました。このようにほぼ1 - 2年に一度の頻度で調整されるのであれば、あらゆるシステムはうるう秒を前提に設計されます。許容範囲を10倍にし、頻度が数十年に1度になると、うるう秒に対応しない設計の方が低コストですから、世の中の大勢を占める可能性があります。

「今後一切、うるう秒を挿入しない」と決めてしまえば調整の問題はなくなりますが、数千年の長期で考えると地球の自転に束縛された社会生活と原子時計は乖離してしまいます。
約150年後にズレが1分に近くなれば「うるう分を調整しよう」という議論がおこるでしょう。そのとき、うるう秒調整の経験をもつ人はいません。2000年問題のような社会コストを費やして対策することになるでしょう。あるいは「影響が大きいので先送り」としても約1万年後にズレが1時間に近くなれば「うるう時間を調整しよう」という議論になります。

調整は適度な頻度で小出しにやったほうが、影響を分散できます。

天文学の装置は、UT1とTAIとの差を計測して追跡していけばよいので、うるう秒があってもなくても大した影響はないと思います。天文学の要請によって社会に不便を強いることは、受入れられにくいでしょう。しかし、天文学ならではの長期的視点にたって、社会に提言することは大切だと思います。

長文失礼しました。