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由無し事をたまに綴るブログです。

星像を歪ませる大気揺らぎ

星が瞬いて見えるのは、大気の屈折率が一様でないために、星から届く光の波面が揺らいでしまうからです。この揺らぎのことを、シーイング (seeing) といいます。望遠鏡に取り付けたデジタルカメラで動画撮影して、波面の揺らぎを実感できます。

以下の3つの動画はどれも、BORG 60ED (口径60mm, 焦点距離350 mm) にデジタルカメラFujifilm X-M1を取り付けて1/10倍速のスローモーション動画を撮影したものです。トリミングして星像を拡大しています。

  1. 焦点を合わせたベテルギウス像:見かけの明るさが変動し、星像も点でなく変形します。
  2. 焦点をぼかしたベテルギウス像:焦点をぼかすと、望遠鏡の開口面に星から届く光の輝度分布が写ります。シーイングが安定なら開口面に渡って輝度が一様になるはずですが、波面が揺らぐために輝度分布が時間変動する様子が分かります。
  3. 焦点をぼかしたシリウス像:シリウスベテルギウスより明るいので開口面の輝度分布が分かりやすいです。また、天頂近くにあるのでベテルギウスよりシーイングがやや安定しています。

1. 焦点を合わせたベテルギウス:1/10速スローモーション

2. 焦点を外したベテルギウス:1/10速スローモーション

3. 焦点を外したシリウス:1/10速スローモーション

揺らぐ大気の底で観測している限り、天体観測は常にこのシーイングに悩まされます。大気圏外つまり宇宙空間で観測すればシーイングから解放されるので、ハッブル宇宙望遠鏡などは回折限界に達する解像度が得られます。しかし宇宙望遠鏡は高価ですし保守やアップグレードが難しいなど制約も多いです。

地上観測でも、なるべくシーイングの良い場所に望遠鏡を設置するのが望ましいです。大気が薄く、気流が安定で、かつ屈折率ゆらぎの要因となる水蒸気が少ないことが好シーイングの条件ですので、標高が高く乾燥した土地が選ばれます。ハワイのマウナケア山頂、チリのアタカマ高地、南極ドームふじなどは、この条件に当てはまる望遠鏡設置の適地です。

それでも大気の底にいる限りシーイングの影響は受けます。地上でシーイングを克服する方法として、可視・赤外線の波長域では揺らぐ波面をリアルタイムに測定して補正するAO (Adaptive Optics: 補償光学)や、電波の波長域では水蒸気の電波放射を測って大気の屈折率の変動を補正する水蒸気ラジオメーターなどが開発されています。

観測天文学の分野では、大気揺らぎの克服をいろいろと模索しています。大気を制するものが観測天文学を制する、と言っても過言ではないでしょう。